知ってますか?  俺は1対1であんたをぶっ飛ばせるって



 ただでさえ先輩に向かってこんなセリフは吐けないが、この挑発的な挨拶の相手はバスケットボール史上最高の選手、マイケル・ジョーダン。そして言い放ったのは、野心に溢れる若き日のコービー・ブライアントだ。シカゴ・ブルズとロサンゼルス・レイカーズで11回の優勝を成し遂げた名将フィルジャクソンが、その2組の優勝チームについて記した『ELVEN RINGS-THE SOUL of SUCCESS』の中でそう語っている。フィルがブルズで6回の優勝を遂げた後レイカーズに移り、自己中心的なプレイをするコービーにチームプレイの大切さをジョーダンから学ばせようとした時のことだ。


 2020年は誰にとっても予想ができない年になっているが、バスケットボールファンにとってショッキングな出来事があった。1月26日、NBAで5回の優勝を達成したコービー・ブライアントがヘリコプター事故によってこの世を去った。コービーを含む9人の死亡者の中には、彼の次女であるジアナ・ブライアントもいた。コービーは2016年にNBAを引退し、実業家、バスケットボールのストーリーテラーとして第二のキャリアを歩み始めたばかりだった。2018年には彼のバスケットへの愛情をテーマにしたアニメーション映画がアカデミー短編アニメ賞を受賞するなど、彼の活動は現役時代と変わらず多くの人を惹きつけ、影響を与えた。コービと共にNBAの試合を見つめるジアナの未来にも、多くの人が期待していた。

 コービーがキャリアを通じてその背中を追いかけた選手、マイケル・ジョーダンは、レイカーズの本拠地・ステイプルセンターで行われたコービーの追悼式でこう述べている。

「彼がこの世からいなくなった時、私の一部もなくなってしまった。この会場にいる人も、世界中の多くの人も同じように感じていると思う」

 ジョーダンが語ったように、自身もコービーがいなくなったと知った時、胸が痛んだ。試合前にニュースを知って感情を堪えきれない選手やSNSで悲しみ打ち拉がれるファンと同様に、自分も涙を堪えることが出来なかった。選ばれたトップアスリートしか舞台に立てないNBA。その中でも一際輝く海の向こうのスーパースターのことを、とても身近な存在に感じていたのだとその時気づいた。

 冒頭に述べた、指導者としてジョーダンとコービーを見てきたフィル・ジャクソンの本に触れたい。自身がこの本を読んでいたのは、手がかりのないまま自分の将来を探そうと、手当たり次第に本を読んでいた時だった。付箋の貼り方に引いてしまうが、この太い付箋に記されたチャックマークやコメントを見つけると、当時の必死さを思い出す。文章を書いて何かをしようとしたものの、それを理由に会社を辞めたとは周りに言えず、建前として語った教員免許取得にすがるしかない時だった。この本は、自分が唯一続けたバスケットについて、その意味を知りたくて読んでいたものの一つだった。パラパラとページをめくると、ジョーダン、コービー、それぞれの偉大な選手とそのチームのドラマと共に、組織作りや日々起きる物事へのアプローチの仕方など、バスケットボールを超えたものに対してのフィルジャクソンの信じる哲学について改めて思い出した。


 そして、同じ時期に励まされたものがある。このフィルの本の続きを闘っていた、コービーの姿だ。

 コービーとパウ・ガソルを中心に2連覇を成し遂げ迎えた2010-11シーズン以降、優勝争いから遠ざかっていたレイカーズは、2012年の開幕前に大型の補強をする。スティーブ・ナッシュとドワイド・ハワードという2人のオールスター選手をチームに加えたのだ。多くのファンがレイカーズの優勝奪還を期待し、コービー自身も強く願っていた筈だが、その年のレイカーズは厳しいシーズンを戦うことになる。シーズン序盤にポイントガードのスティーブ・ナッシュが怪我によって戦線離脱。ペイントを支配することを期待されたドワイト・ハワードはチームのシステムに馴染めず敗退を重ね、フィルの後を継いだマイク・ブラウンHCはシーズン途中に交代することになったのだ。かつての一体感あるチームケミストリーは消え、優勝はおろか8年間続いていたプレーオフ進出さえも難しい状況だった。


 その中で、獅子奮迅の活躍をしたのがコービーだった。シーズンが佳境に向かう中、コービーは圧倒的な気迫でゲームに臨み、オールスターゲームまでに勝率5割に届いていなかったチームをその後20勝8敗という他の強豪に引けを取らない成績に導き、レイカーズはプレーオフ進出を決める。自分が覚えているのは、対ブルックリン・ネッツ戦、同点で迎えた第4クォーター終盤のシーンだ。ジェラルド・ウォーレス抜き去って、コービーはリングにダンクを叩き込んだ。気迫溢れるプレイが、文字通り勝利を引き寄せる瞬間だった。しかし、コービーはプレーオフの舞台に立つことが出来なかった。シーズン終了間際、プレーオフ開幕5日前のゴールデンステイト・ウォリアーズ戦でアキレス腱を断裂してしまったのだ。

その試合もコービーの気迫は凄まじく、ビハインドを追ったゲーム終盤、彼の活躍でレイカーズが怒涛の追い上げを見せていた。コービーの3PTで逃げるウォリアーズを1ゴール差に捉えた直後のことだった。ドライブを仕掛けたコービーは、そのままコートに倒れ込み、うずくまる。しばらくしても起き上がらず、ただ事ではない事を察したチームメイトがコービーの周りに集まる中、コービーは何度も足首を確かめていた。タイムアウトがコールされ、足を引きずりながら一歩一歩ベンチに戻るコービーを見て、彼が致命的な怪我を負ってしまったことを誰もが理解した。会場のどよめきが治らない中、タイムアウトが終わるとコービーは一歩一歩コートを進み、フリースローラインに立ち、2本のフリースローを沈めた。改めてその時のコービーの表情を見てみると、怒りと諦めが合わさったような表情をしているように感じる。

 その夜、コービーのFaceBookに、本人によるメッセージが掲載された。その文章の冒頭にはこの怪我に対するコービーの怒りと悔しさが吐露されていた。


「これまで捧げてきた全ての努力と犠牲が吹き飛んでしまった。35歳という年齢でのこの大怪我に他の誰が回復したというんだ」

悔しい想いをぶつけた後、コービーはそれでも現状を放棄することなく、前を向いて行くことを綴る。


「感情を吐き出せ。その後は自分を惨めに思うのをやめて、希望を見つけ、今までと同じ心情、同じ信念で物事に取りかかれ」

この日のコービーが、自分を励ましてくれたのは確かだった。

 コロナの世界的パンデミックを受けてNIKEが出した「Play Inside, Play for the World」というステートメントを見て思ったのは、もちろんそれは感染を広げない為に他者との接触があるスポーツを控えようというメッセージだろうということと、もう一つ、PlayはPray(祈り)をInsideは室内でなく自身の心の中」のことを伝えているように感じた。一は全なり、全は一なりでは無いけれど、自分の内側にあることにしっかりと目を向けると、顔を上げた時周囲の人たちを見る視線が変わっていることに気づく。すれ違う人も自分と同じように悩み、喜ぶ一人の人間だと少し思えるようになる。自分を見つめることは他者を思うきっかけになる、そんなことを言っている気がした。


 コービーがいなくなった時、多くの人が自分にとってのコービーを語っているのを見て、正直自分が語ることを避けてしまったのだけど、今はなんだか、コービーという存在を通して多くの人と繋がっている気さえする。

 バスケットボールについて、コービーについて書こうと思った理由の一つに、Netflixでマイケル・ジョーダンのドキュメンタリー『LAST DANCE』が放送されていることも大きい。自分が夢中になったバスケへの気持ちや原体験が蘇ってきたように感じる。NBAのシーズンで一番の盛り上がりを見せるプレイオフがない5月、大勢のバスケットファンが改めて史上最高のプレイヤーであるジョーダンに注目し、そしてジョーダンを追いかけたコービーのことを思っているのも、何か特別な体験をしているようだ。

 国や人種や年齢を超えて、誰かと気持ちを共有できる。新型コロナウイルスの感染拡大であらゆるスポーツが中止になった今、スポーツのそういった魅力を改めて実感している。

 最後に一つ、言いたいことがある。新型コロナウイルス感染拡大の影響で来年に延期になった東京オリンピックについてだ。今世界各国では、感染の終息までおおよそ1年から1年半以上かかるとの予測が共有され、多くの国や地域がそれを元に段階的な経済活動の再開、感染拡大予防の対策を実施している。アメリカ・ロサンゼルスの市長は年内の市内での大規模なスポーツイベントは開催できないだろうとの声明も出している。

 こういった世界各地の状況の中、正直2021年の東京オリンピックの開催は無理だろうと思う。5月を迎え、このパンデミックの脅威を目の当たりにしているのにも関わらず、未だにオリンピックの1年後の開催を考えている日本の政府はスポーツの意味を履き違えているようにさえ感じる。この状況下で聞くONETEAMや絆と言った言葉の向こうに見えるのは、単なる権力者たちの利益の問題だ。

 スポーツの魅力は、ゲームを通じて喜びや悲しみ、興奮や悔しさを共有することにあると思う。そしてそこにはゲームに参加するもの、応援するもの、それぞれの個人のドラマがある。国の都合を優先し、生活する人々の状況を置き去りにしている国が、たとえこの新型コロナウイルスのパンデミックが終息したとして、世界的なスポーツの祭典を開けるとは思えない。自身の夢中になったスポーツの魅力を実感したいま、しっかりと自分の国が行おうとしていることについて考え、行動していかなければならないと感じた。 


text=Masaharu Ono


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